rajyaprakasamalla (人名)

中世後期、三都マッラ王朝時代、パタン・マッラ王朝の王。在位1745〜1758年。

カトマンズマッラ王朝ジャガッジャヤ・マッラ王が没すると嫡子ジャヤプラカーシャ・マッラ王が弟ラージャプラカーシャの支持を得て即位した。(出典:ネパール全史、佐伯和彦)

ジャヤプラカーシャ王は弟ナレーンドラプラカーシャを追放したあと、自国の内紛を収拾できずにいた。一部の重臣が別の弟ラージャプラカーシャを擁して反逆するのを恐れた王は弟を追放し、ラージャプラカーシャはパタンに逃れた。パタン王ヴィシュヌはラージャプラカーシャを手厚く庇護した上、嫡子に恵まれなかったので彼を王位継承者に指名した。このためカトマンズとパタンとの間に亀裂が生じた。(出典:ネパール全史、佐伯和彦)

1745年にヴィシュヌ王が没すると、ラージャプラカーシャが即位した。

長老集団の意のままにならなかったラージャプラカーシャ王は1758年に失明させられて没した。(出典:ネパール全史、佐伯和彦)


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Last-modified: 2016-02-24 (水) 17:44:34 (487d)