sivadeva (人名)

リッチャヴィ王朝の王。在位590頃〜604年頃。

実権はアンシュ・ヴァルマーが握っており、シヴァ・デーヴァ一世は名のみの王であった。(出典:ネパール全史、佐伯和彦著)

ガンガー・デーヴァ王が567年に制作した唯一の銘文のあと、次王シヴァ・デーヴァ一世が制作した最初の銘文(590年制作)が出現するまで、実に23年の間もの空白があり、この間王位が空白であった可能性もある。シヴァ・デーヴァ一世の最初の銘文でも、バウマ・グプタが依然として侍従長・司法長官公安長官として二頭政治を担当しているから、空白の23年の間も実権を握っていたことは間違いない。彼が王位空白のまま暫定的に単独統治を実現していたのかもしれない。(出典:ネパール全史、佐伯和彦著)

バンシャバリにはシヴァ・デーヴァ一世が仏教僧房、大仏塔を造営したことが伝えられ、バーシャー譜にはアンシュ・ヴァルマーへの譲位について述べられている。もちろんバンシャバリの記述を史実として信じることはできないが、銘文には「シヴァ・デーヴァ王僧房」の記述があり、この王と仏教との深い関わりがうかがえる。(出典:ネパール全史、佐伯和彦著)

譲位についての示唆は銘文の点検からも得られる。王位の継承は王の死に伴って後継者が王位に即くというのが一般的な慣例だが、アンシュ・ヴァルマーの単独統治開始後にシヴァ・デーヴァ一世が生存していたことを示す銘文がある。アンシュ・ヴァルマーは単独統治と同時に新暦を用い始めていたにもかかわらず、この銘文にはシヴァ・デーヴァ一世が用いていた旧暦が記されており、その内容は土地の布施に関する布告である。この布告に応える形でアンシュ・ヴァルマーも例外的に旧暦を用いて布告を発している。この事実によってシヴァ・デーヴァ一世が仏教に並々ならぬ関心を持っていたこと、譲位の条件としてアンシュ・ヴァルマーがシヴァ・デーヴァ一世のために大僧房を造営したことが充分に推測され、さらにはシヴァ・デーヴァ一世が退位してマーナ宮を去り、仏門に帰依した可能性も考えられる。(出典:ネパール全史、佐伯和彦著)


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Last-modified: 2019-07-18 (木) 16:46:02 (37d)