khasa rajya

中央勢力が及ばなくなった西ネパールでは11世紀初頭から1391年頃まで、実在する王としてはナーガ・ラージャ王からアバヤ・マッラ王までがカサ王国の時代であった。(出典:ネパール全史、佐伯和彦著)

11世紀初期、カシュミール出自のカサ族の一族でガルワール北部の王となったナーガ・ラージャは東進してグゲ、プラーンに入り、カーリ・プラデーシャを制圧して統治者となり、さらにジュムラに南下してカサ王国を建設し、首都をシンジャーニ決めた。(出典:ネパール全史、佐伯和彦著)

中世前期、前期マッラ王朝時代、その王朝の勢力範囲はカトマンズ盆地とその周辺に限られ、西ネパールからチベット極西のグゲ、プラーンにかけてカサ王国(別称カス・マッラ王国)が成立し、南方では東部タライ地方から北ビハールにかけて古くからミティラーと呼ばれる地域にティルフット王国(別称カルナータ王国)が建国された。このようにネパールの中世前期は中央のマッラ勢力圏を含めて三大勢力分立時代に突入する。(出典:ネパール全史、佐伯和彦著)

後にヴァルマー一族を頂点とする実質的な統治体制が確立し、アバヤ・マッラ王を最後にカサ王国は姿を消した。カサ王国の主要地域であったカルナリ地方を制したヴァルマー王は領土を分割して一族に与え、それがきっかけとなって小王国への分立化が促され、いわゆる二二諸国時代に進むことになる。(出典:ネパール全史、佐伯和彦著)


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Last-modified: 2008-06-04 (水) 15:27:31 (4315d)